1.ジョン・ウッデンの成功哲学 |
|
今回の講習は、ジュニア期の指導に重点をおいて行いました。具体的な指導内容に先立ってジョン・ウッデンコーチの成功哲学を紹介しました。
Success is peace of mind which is a direct result of self-satisfaction
in knowing you did your best to become the best you are capable of becoming.
「成功とは、自分がなりうるベストな状態になるためにベストを尽くしたと自覚し、満足することによって得られる心の平和のことである。」
この成功哲学はジュニアの指導において、特に重要で核心的であると思います。ウッデンコーチは「人より速く走れるようになること」や「試合に勝利すること」、あるいは「優勝すること」などを成功の条件に挙げていないのです。「なり得る最高の自分になる」ことが成功だと言っているのです。
子どもの頃の方が、自分で環境を変えるのが難しいことや、努力では補い切れないものが多くあると思います。例えば、4月生まれと3月生まれでは本人の努
力のレベルを超えた体格差があります。毎日の登下校に掛ける時間の違いが6年間では何百時間もの運動量の差になります。
だからこそ、子どもがなり得る最高の自分になるためにベストを尽くせるよう、コーチもベストを尽くしていくことがジュニアの指導では重要なのではないかと思っています。
何を目指すか、というぶれない指針を持つためにも、まず最初にこの話をさせて頂きました。
|
|
2.成長の原則 |
|
いいチームワークを発揮する選手へと成長していくために、成長の原則についての話をいたしました。選手としてプレーを始めてから成長していく過程は、人が生まれて大人へと成長していく過程に似ています。というのは、どちらも「依存」→「自立」→「相互依存」という過程を辿っているのです。
〜依存〜
選手としてプレーを始めたばかりの頃は、バスケットボールについて何も分からず自分が成長できるかどうか周りに依存している状態です。コーチが教えてくれないと技術を知らない。何が良いプレーで、何が悪いプレーであるかも周りが評価してくれないと分からない。
ちょうど、一人では食事も歩行もできない生まれたての赤ちゃんや、善悪の判断もついていない幼児のような状態です。
〜自立〜
やがて人は自分の力で歩き、物を食べられるようになります。叱られたり褒められたりしながら善悪の判断もつくようになってきます。依存から自立の状態へ成長していくのです。
バスケットボールで言えば、言われたこと以外にも考えを持って、自分なりの工夫をし始めるといった段階、あるいは監督・コーチがいなくても自分で判断で
きるようになる段階です。ブロックされないようにディフェンスの手が届かないところからシュートを打とうとしたり、ショットセレクションの是非を自分で判
断したりするようになります。目的を達成するために自分で考えて行動できるようになる、自分ができることに専念する、これが自立の状態です。
〜相互依存〜
自立状態になることは選手としてとても素晴らしいことなのですが、より良いチームワークを発揮するチームを作るためには相互依存の状態へと成長を遂げる必要があります。相互依存は、互いに欠けている部分を補い合うといった状態のことで、相互補完とも言われます。
バスケットボールで言えば、「自分は足が遅くて速攻の先頭を走ることは出来ないけど、背の高さを生かして仲間が打ったシュートには飛び込んでリバウンド
を取ろう」とか「シュートはあまり上手くないけど、ディフェンスで相手を抑えることなら頑張ってやれる」という状態です。このとき、シュートが下手な選手
は、その能力を諦めるのではなく仲間に補ってもらうのです。ディフェンスを頑張る選手がチームに欠けているディフェンス力を補うことで、苦手なシュートは
仲間に補ってもらう。これにより相互依存の状態を創出できるのです。
これは大人として社会に出たときの“職”に似ています。自分の仕事をこなし人に貢献しながら、他の人がしてくれる仕事の恩恵を受けて日々生活している。これも相互依存の状態です。
|
|
3.選手の価値観 |
|
相互依存のチームワークを作るためには、選手一人一人の価値観がとても重要になります。物事の考え方・捉え方をパラダイムと言います。上で説明した成長の
原則は選手のパラダイムと密接に関わっています。依存・自立・相互依存にそれぞれ該当するパラダイムがあるので、成長の原則の話と一緒に紹介いたしまし
た。
「あなたが」のパラダイム
これは依存のパラダイムです。周りの誰かが何かをしてくれる、自分が上手くいかないのは誰かのせいだ、という考え方になります。
「あいつが動かないからパスがつながらないんだ!」
「コーチの教え方が悪いからオレたちは上手くならない。」
「みんなが声を出してくれれば私も声を出すけど・・・」
こういった考え方の人は、自分の行動を周りに支配されているのです。「あなたが」原因で悪くなる、「あなたが」きっかけを作ってくれれば上手くいく、周りに流される反応的な態度とも言えます。このようなパラダイムを持っているといつまでも依存状態を抜け出せないのです。
「わたしが」のパラダイム
選手として自立していく上で必要なパラダイムです。
「仲間が思い通り動けなくても、指示を出してオレが引っ張っていこう」
「コーチが来れなくても自分で考えて練習しよう」
「みんながどうか関係なく、まずわたしが声を出そう」
この考え方ができるようになると、自分で自分の行動を決めて行ける人になります。「わたしが」プレーの幅を広げて決められるシュートを増やそう、「わたしが」できることは何か考えよう、といった進んで行動する主体的な態度です。こういった考え方が、自立した人のパラダイムなのです。
「私達が」のパラダイム
これが相互依存を感じている人たちのパラダイムで、「わたしが」のパラダイムの人が集まったときに、その上に築いていけるパラダイムです。
自立した者同士が集まり、それぞれが自分のできることに専念し、それに伴う結果は自分達みんなで導き出したと、心から感じられる。その状態こそが相互依存であり、「私達が」のパラダイムなのです。
例えば、速攻を武器にしているチームにおいて
「僕は背が高いからリバウンドを頑張って、ボールを運んでくれるガードに素早いアウトレットパスを出そう。」
「ガードがきっとパスを出してくれるから、僕は真っ先に前に走ってパスをもらえるようにしよう。」
「背は小さいけどオレたちはトランジションを頑張って勝つんだ!」
というような考え方です。
リバウンドを頑張ろうとか素早く走ろう、といった自立した選手が力を合わせることで「私達が」のパラダイムになっていくのです。
チームプレーであるバスケットボールにおいては、選手のパラダイムも成長させていく(変化させていく)必要があります。選手たちが一丸となるようなチー
ムを目指す上で、成長の原則と選手のパラダイムという話が参考になればと思い、ご紹介いたしました。
|
|
4.講習内容の全体像 |
|
今回の講習では、
・コーディネーション能力の向上
・シュートの技術
・1on1のオフェンススキル
・1on1のディフェンススキル
という4つに絞ってプランニングいたしました。
クリニックに先立って、磨く能力の重要性や技術を磨く過程の説明をいたしました。
|
|
4.コーディネーション能力
ジュニア期における重要性 |
|
◇スキャモンの発達曲線◇
これは、人の成長パターンを4つの型に分類し、それぞれ成人期を100とした場合の成長度合を年齢とともにグラフ化したものです。
この中で、ジュニアを指導する際に注目されるのが“神経型”であり、これは脳の発達に大きく関わっています。脳からの命令を伝える神経回路が体中に張り巡らされていき、運動機能が発達していく時期なのです。12〜13歳でほぼ100%に達しています。この年代までに様々な神経に刺激を与えることで、いわゆる運動神経がいい子になり、多彩な動きや身のこなしが習得しやすい身体になっていきます。
そこで脳からの刺激が強いジュニア期に是非やっておきたいのがコーディネーション・トレーニングです。これは前回の講習でも紹介させて頂きましたが、神経系を刺激して、コーディネーション能力を高めるトレーニングです。
コーディネーション能力とは「自分の体を自由に操る」能力のことで、スムーズな身のこなしにつながるものです。
その能力は大きく次の7つに分類されます。
@Rhythm : リズム
ABalance : バランス
BReaction : 反応
CDifferencing : 力の加減
DCoupling : いろいろな動作を同時に行う
EAdaptability : 順応性(瞬時に新たな状況に対応)
FOrientation : 定位能力(空間認知能力)
上記の7つそれぞれが個別に機能する能力なのではなく、複数の能力が組み合わされ、関連し合いながら、様々な動きが為されています。
どれかの能力が欠けたとき、他の能力がその機能を補いながら1つの動きを達成します。例えば、視覚が欠けることによって聴覚や触覚が研ぎ澄まされ、目の
見えない人は目から得ていた情報を他の機能で得られるようになる、というのに似ています。バランスが崩れてもリズム感の良さや空間認知の能力が崩れたバラ
ンスを補い、一連の動きスムーズに達成できるようになるといったイメージです。
これらのコーディネーションをつかさどる神経を刺激することで、脳からの指示系統が強化されトレーナビリティーが高まっていくのです。トレーナビリティ―とは「学習の速さ、技術習得の速さ」です。コーディネーション能力の高い選手ほどトレーナビリティーも高いと言われています。
それぞれの感覚に特化して能力を磨くのも良いのですが、練習時間は限られているので、バスケットボールの練習の中で様々な感覚を刺激できる状況を設定してトレーニングしていけると良いのではないかと思います。
今回のクリニックでは、バスケットボールの中で磨くコーディネーション・トレーニングもいくつか紹介させていただきました。
|
|
5.オープンスキルとクローズドスキル |
|
スポーツの技術にはオープンスキルとクローズドスキルがあります。
クローズドスキルというのは、パフォーマンスする上で相手に対応するということが求められない技術のことです。陸上競技や水泳、新体操やフィギュアスケートなどです。このような種目は、そのパフォーマンスを完璧にできるように同じ動きを何度も繰り返し練習することことが重要です。いわゆる動きのシステム化が重要になってくるのです。システム化された動きほど、毎回まったく同じようにその動きを繰り返せるのです。
オープンスキルというのは、相手の動きに応じて使い分ける必要がある技術の
ことです。ディフェンスが出てきたら左へチェンジ。出てくる位置によってフロントチェンジかロールターンかを選ぶ、というような使い分けが必要になってき
ます。バスケットボールの技術の多くが、このオープンスキルになります。このようなスキルが重要な競技においては、同じ動きを繰り返すだけでなく段階を
追って相手に対応できるように、技術を磨いて行く必要があります。
|
|
6.技術習得の4段階 |
|
バスケットボールの技術の多くはオープンスキルなので、その動きがただ出来るだけでなく、相手に対応する能力を身に付けていく必要があります。しかし、始めから対応力を求めても技術を発揮することは難しいので段階を追っていくと効果的です。
最初は、全くその技術が発揮できない「動けない身体」の状態から「動かせる身体」へと、そして意識していれば動かせる状態から自然とそのように「動く身体」へと、このように段階を追っていくイメージです。
前回に引き続き、技術習得の4段階を紹介いたしました。
1.シャドー
相手を伴わずに、その動き自体が「より速く」「より力強く」「より正確に」できるように練習していきます。
2.ダミー
その技術を使うべき状況をダミーがつくって練習します。相手との距離感や実際に目の前にいる感覚をつかみ、その技術を使うべき状況をイメージしやすくします。(まだ判断は伴いません。)
3.ディシジョンメイク
プレーに表と裏を用意し、表の“技術A”を練習したあと、ディフェンスがそれを止めた場合に使える裏の“技術B”も練習します。その上で、ディフェンス
がAかBの状況を作って練習します。どちらの状況になるかは分からない中で、その状況に応じて練習した技術を使い分けられるようにします。
4.ライブ
相手が真剣に止めに来るなかで“本気”の練習です。この中で練習したAやBの技術が出るようになれば技術が身につき始めたということになります。
特に、1on1のようなオープンスキルの色が濃い技術では、このような段階を踏んでいくと効果的です。今回のクリニックでもそのような練習構成を目指し、技術を紹介させていただきました。
|
|
7.1on1の技術の分類 |
|
ある1つの技術を考える上で様々な技術に細分化していくと動きを整理しやすくなります。
1on1のオフェンスということを考えても、抜く場面とステップの場面とシュートの場面というように分けられます。そしてさらに細かく分類すると、シュートであればまた3つに分類できます。ドリブルを突いている状態からのドリブルドライブ、パスを受けながらのキャッチドライブ、相手と向き合った状態からのフェイスドライブの3つです。
◇技術細分化の図式◇
そしてそれぞれの技術習得において、シャドー・ダミー・ディシジョンメイク・ライブといった段階練習があります。
今回の練習では、1on1ドライブの中でもドリブルドライブの抜き技、抜き始めてからのステップでの対応、シュート場面のブロックされないための工夫という技術に分けて紹介させていただきました。
|
|
8.マズローの欲求段階説 |
|
マズローというアメリカの心理学者が提唱した理論の中に、欲求段階説というものがあります。
人間の欲求をより低次のものから順に以下の5段階に分けて考えました。
@生理的欲求
A安全の欲求
B所属の欲求
C承認の欲求
D自己実現の欲求
マズローは自分の欲求段階を把握して、その欲求を満たしていくことで人は幸福になれると説いたのです。
これを子どもの指導に照らし合わせると、チームに所属している子たちは多くが所属の欲求は満たされているのだと思います。すると次に出てくる欲求は承認の欲求で
す。子ども達の多くが、特にこの承認の欲求が満たされていない段階だと思います。上手く評価し、チームの中で必要な存在であると認めることでと、欲求を満
たしてあげられるのだと思います。その欲求が満たされると、(監督・コーチに褒められるよりも)「自分はこういう選手になりたい」という自己実現の欲求が
出てくるということです。
まだチームの一員になり切れていない子は所属の欲求が強い子もいるかもしれませんが、子どもが今求めている欲求を模索する上で参考にできる一説だと思い、紹介いたしました。
|
|
9.PとPCのバランス |
|
「7つの習慣」という本にP/PCバランスという話が出てきます。
PとはPerformanceで、PCとはPerformance Capabilityです。Pとは目標を達成するということと、PCとは目標を達成するための資源を整えること、と言い換えてもいいです。
バスケットボールで言えば、結果を残すために必要な身体のケアをおろそかにして、痛めている部分を我慢して無理に練習を続けたりすれば、いずれは練習すらできない身体になってしまうでしょう。
逆に、身体のことばかり大事にして、無駄に寝ていたり、過剰に食べたりしていたら動けない身体になってしまいます。
少しくらいの痛みですぐに休んでいる選手も、上手にはならないでしょう。頭でっかちで色々考えてばかりで行動に移せないのも問題です。
このように、結果を残すこと、上手になることと、そのために必要な能力を高めること、状態を作ることのバランスがスポーツ選手にとって、とても重要になるのです。
これをコーチに当てはめると、Pは子どもにより多くを伝えることとすればPCは子どもに多くの知識を伝えるための資源ということになります。ではPCとは何かと言えば、コーチとして割ける時間の確保だったり、子どもとの信頼関係だっ
たりします。子どもと接する時間が短くなってしまえば自分の知識を伝えることは難しくなってしまいます。また、コーチが100の知識を持っていたとしても
子どもに聞く姿勢がなければ結局は伝わらない。この人の話を聞こうと思ってもらえるような信頼関係づくりは、子どもにより多くのことを伝える上で欠かせま
せん。
Pにばかり目を向けていると、PCがなくなっていることに気付かず最終的にはPも達成できない。逆にPCにばかり時間を割いていると、肝心のPに費やす時間がなくなってしまう。
このP/PCバランスの取り方はそれぞれの現場で違ってくると思います。このバランスを絶妙に取れる指導者が、最大のPを発揮できる指導者なのだと思います。
|
|
9.セルフフィードバックの重要性 |
|
ある行動の反省点についての情報を伝達することフィードバックと言います。
フィードバックには大きく2種類、他者から与えられる付加的フィードバックと自分自身で感じ取る内在的フィードバック(セルフ・フィードバック)があります。
子ども達が自ら考えて工夫する選手に育っていくためにはセルフ・フィードバックができる選手になれるように働き掛けをしていく必要があります。技能習得の過程においても付加的フィードバックよりも内在的フィードバックの方が重要になります。付加的な情報に頼らなくても運動の詳細を正確に感じ取れるようになることで、より安定した技能が習得できるようになるのです。
練習の初期段階においては依存状態にあるため、付加的フィードバックがどうしても多くなりますが、徐々にセルフ・フィードバックができる自立した選手に成長していけるといいと思います。
|